東京・丸の内、ある大手商社の人事部。会議室のホワイトボードには、女性管理職比率の推移グラフが描かれている。二〇〇〇年に約五%だった比率は、二〇二三年には一八%に達した。「数字は確かに上がっている。けれど、現場の感覚と一致するかと聞かれると、答えに迷う」と、人事部の管理職は話した。日本企業のジェンダー構造の二十年は、進歩と停滞が同居する物語だ。
政府目標と企業の実態
厚生労働省「雇用均等基本調査」と男女共同参画局のデータを並べると、上場企業の女性管理職比率は二〇〇〇年の約三%から、二〇二三年の約一二%まで上昇した。一方、二〇二〇年代までに「指導的地位の三〇%」を目標に掲げた政府方針は、達成時期を二〇三〇年代に延期した。数字は伸びたが、目標との差は依然として大きい。
「総合職」と「一般職」の境界
多くの大手日本企業に長く存在した「総合職」と「一般職」の区分は、近年急速に消えつつある。法的にも実務的にも、入社時の職種選択を性別と結びつける慣行は問題視されてきた。しかし、過去のキャリアの積み重ねは残る。「四十代以上の女性社員は、入社時に一般職を選んだ人が多い。いま管理職候補とされにくい背景には、そのスタート地点の違いがある」と人事担当者は話す。
育休、取得率と取得期間のずれ
育児休業の取得率を見ると、女性は九割以上、男性は二〇%超まで上がってきた。一方、取得期間を見ると、男性の七割が一ヶ月未満、女性の七割が六ヶ月以上。「取得率」だけでは見えない実態が、ここに集中している。
三つの「変化の壁」
- 採用の壁——新卒採用での女性比率は四〜六割の企業が増えた。一方、技術職・営業職など特定職種では依然男性偏重が残る。
- 昇進の壁——管理職候補への登用は、勤続年数とフルタイム勤務の連続性が暗黙の条件になっており、育休後の復帰者に不利。
- 役員の壁——上場企業の女性役員比率は二〇二三年で一三%。役員昇格まで二十〜三十年を要する構造のなかで、変化が最も遅い層。
「育休を取った男性」の二段階
男性育休の取得は、二段階に分かれる、と複数の人事担当者が指摘する。第一段階は「取得率を上げる」運動。第二段階は「取得期間を伸ばす」運動。現在、多くの企業が第一段階を達成しつつあり、第二段階の入り口にある。「一週間の育休と、三ヶ月の育休では、家庭に与える影響がまったく違う」と、ある企業の女性管理職は話した。
| 項目 | 2000年頃 | 2023年 |
|---|---|---|
| 女性管理職比率(課長級以上) | 約3% | 約12% |
| 男性育休取得率 | 約0.5% | 約17% |
| 男性育休平均取得期間 | — | 約1.3ヶ月 |
| 上場企業の女性役員比率 | 1%未満 | 約13% |
「制度」と「文化」の二重構造
制度は急速に整備された。一方、職場の文化が同じ速度で変わったかと言えば、答えはまだ複雑だ。「制度上は誰でも使える育休も、上司や同僚の反応次第で実質的なハードルが変わる」と、三十代の男性社員は話した。制度の整備は進んだが、それを使う人を支える文化の更新は、もう一段階遅れている。
世代と職場文化
世代によって、ジェンダーをめぐる感覚は明確に異なる。二〇代から三〇代の社員は、男性育休、共働き、家事分担を当然とする傾向が強い。一方、五〇代以上の管理職は、自身のキャリアが従来の役割分担の上に成り立っていることもあり、変化への反応に幅がある。世代交代そのものが、職場文化の更新の最も大きなドライバーになっている。
変わり続ける、まだ揃わない
日本企業のジェンダー構造は、確実に変わりつつある。しかし、二十年で進んだ距離と、これから進むべき距離を比べたとき、後者のほうがまだ長い。制度の整備、文化の更新、世代の交代——三つの動きが同時に進行する現場で、「変わった」と「変わっていない」が同居している。この同居の構造を見据えることが、次の十年の議論の出発点だ。
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